《地の恩》
先日の調査でドラマ『沈まぬ太陽』に行き当たった際には「労使交渉~?」となったが、とりあえず作品を観てみることにした。
ご存知の通り、宮司は不覚時代から「重いノリ」に縁が薄い。
労使交渉や社会問題はロマンティックと同じ位、遠い要素だった。
だが変容の時代には、不覚時代なら100パー「パスで!」の、馴染みのない現場にも赴く必要が出て来る。
黙々と内容を確認し、原作について調べ、モデルとなった人物や会社や事件、社会や時代の背景について調べ、そしてある瞬間に様々なピースが合った。
「何故気づかなかったのか!」と、息を飲んだ。
気がついたのは、
これが空の事故を扱った物語である
と言うこと。
作品の舞台は、一部の特権階級を満足させる為に、その他大勢が圧迫される経営体質を持った大手航空会社。
機体の整備が十分に出来ない状況で、無理がたたって社員の死亡事故が起きる。
それでも体質改善がされないまま経営は続き、やがて乗客の殆どが死亡する飛行機事故が起きた。
人型生命体で言えば、特権階級は眠ったままの意識とそこに癒着したエゴ。
その他大勢は、無理に動かされている御神体を始めとするいのちエネルギー。
整備とはきめ細かな内観による、本当にする必要のあることの見極めである。
作中の国民航空では、金や権力を貪るのは勿論、役員の愛人宅までの送迎と言った、まるで業務に関係ない行動にまで社の運転手がこき使われたり、しっちゃかめっちゃかな動きがまかり通っている。
エゴを満足させる為の勝手な思惑で、意識が御神体に変なオーダーを出す時にも、同じ混乱が起きる。
破綻しないのは命を受けた側が、珍要求をも懸命に処理し続けているからである。
上層と末端は関係ない様に見えても、会社も一つの生き物。
一部の変な動きに翻弄されれば、全体が疲弊して行く。
空の事故には、空への路が脇道に逸れて破綻する姿が重ねられている。
労使交渉の場で真摯に向き合わずに、全体を観ることもしなかったものを、アセンションへの期待や現世利益の都合で飛ばそうとしても無理なのだ。
この作品には、そんな深い真理が織り込まれている。
天ばかりを恋い焦がれて目指さずに、地の恩を知り、地への感謝も発揚すること。
『沈まぬ太陽』の主人公の名は、恩地元と言う。
そして、対照的な人物に行天と言う名字が当てられている。
精神世界大好きな人々が愛してやまない天の側に、迎合や悪辣、背徳の要素が割り振られていて面白い。
『大地の子』もそうだが、原作者の山崎豊子は「地への恩」を誠を尽くして書いた作家と言える。
変容を表層のみで捉えたままだと、全母からの天意に向けて、浮き足立つだけになる。
寒さで引き締まるこの時期に、今一度、地への愛も呼び起こす必要がある。
沈まぬ太陽は天も地も、両方を普く照らすから、沈まないのである。
永遠不滅の光。
(2017/11/9)