《 だるまちゃんとてんぐちゃん 出題編 》
先日からちょこちょこと読み解き続けて来たものが、ようやっと実を結んだ。
長い話になるので本日記事から何回かに分けて、それについてご報告申し上げることとする。
「しかし、何で今これなのだ」
と、初めは首を捻ったが、暫くして気がついた。
ダルマは禅宗の開祖と言われる達磨大師が元になった存在。
悟りに関係する存在である“だるま”と、人知を超えた存在である“てんぐ”。
何気にスピリチュアル、そして全然凄味がない。
この「凄味なし」が、大変重要なのだ。
神仏とか救世主とか、人の言う所の“超自然的”存在なんかが大好きな人々は、そこに有難味や凄味を感じようとする。
特別さに相乗りして「それを知れる特別な私」と言う、全能感のつまみ食いみたいな状態を楽しむ。
人の褌で相撲を取る、ではないが神仏の褌で力を己にちょい足し気分みたいな、レンタルふんどし祭に陥り易い。
想像を巡らすだけで手間も銭もかからず気分が良くなる為、中毒性の高いフェスである。
だるまちゃんとてんぐちゃんにはそうした旨味が全然ない。
「ちゃん」づけしている時点で、もう神通力とかについての期待値はゼロだろう。
全然期待されていない摩訶不思議存在が、とても深いことを伝えて来る。
そこが面白い。
とは言え読み出した当初は主役の姿勢に対して、「何だと」となっていた。
「おいおい、だるまちゃんさんよぉ。
さかなクンさんみたいな。
餅の時なんか一家総出でサポートしてるのに、
餅の時。
言い出しっぺが準備を手伝いもせずに、
王様。
するのは成果の報告だけ。
なのに要求は一切妥協しないし、
外せばマジ切れするとか。
大した御身分ですなぁ!!」
ビックリよ。
これはだるまちゃんやお父さん的存在らしいおおきなだるまどん等を、それぞれ一存在として認識していたから感じられたもの。
しかし幾度か読むうちに「…あれ?」となった。
だるまちゃんも、他のだるま一家メンバーも、てんぐちゃんも、全体の一部であり、これはひとつの人型生命体の中で起きていることなのだと気がついたのだ。
本作をお読みになったことのない方もおられるだろうし、ざっと話の流れをご説明する。
てんぐちゃんの持っているうちわを素敵と感じた、だるまちゃん。
帰宅して、てんぐちゃんみたいなうちわを欲しがると、おおきなだるまどん達はありとあらゆるうちわを出して来る。
こんなのじゃないんだけどな…と見渡して、外に見えたヤツデの葉が一番しっくり来ると採用するだるまちゃん。
ヤツデうちわを披露しただるまちゃん、今度はてんぐちゃんが頭にしている“ぼうし”が欲しくなる。
これも、あらゆる帽子的なものを家から提供されるが、納得せずに採用したのは丁度その時に用意されていた食卓に出ていたお椀。
お椀の被り物の次は、てんぐちゃんのはきものが気になるだるまちゃん。
ここでも妥協なく求めるものを探す。
すると、ままごとをしている妹的なだるまちゃんさんの手元に答を発見。
これでようやく満足するかと思いきや、てんぐちゃんが長い鼻にとまったトンボを鮮やかな手並みで捕獲したのを見て、今度は鼻を欲しがるだるまちゃん。
「ハナ」を花と変換したおおきいだるまどんが用意した花々に激怒し、訂正するだるまちゃん。
餅で鼻を作ると言う斬新なアイディアで、見事てんぐちゃんみたいな長鼻が実現する。
それを本家に披露していた所に、原材料が米なせいか雀が飛来。
餅ならではの粘着力と素早い対応で、雀を捕まえることが出来た。
これにはてんぐちゃんもビックリし、だるまちゃんの鼻が「いちばんいいはな」と讃えてくれる。
そんなお話。
ぱっと見は、言いたい放題やりたい放題の無邪気なワガママBOYに映るだるまちゃん。
だが或るものの象徴だと気がつくと、人型生命体が物理次元で事を成す時に必要なことをとても分かり易く示してくれているのが分かる。
ここで、だるまクイズ。
「だるまちゃんは一体、人型生命体の内なる何を表しているでしょうか?」
解答は、木曜記事にてお知らせ申し上げることにする。
3日あるので、探ってみよう。
(2020/10/5)