《龍舞う年》
あけましておめでとうございます。
本年も全力投球で、祝い、楽しみ、味わって参ります。
よろしくお願い申し上げます。
「風雲急を…?」
元旦の朝、日の出を眺めていた宮司。
周囲に人はなく、木立の陰から光を透かしてゆっくりと昇って来る太陽にひとり向き合いながら、静かに新しい年の空気を全身で受け取った。
若干暖かくすら感じる風が、舞い踊る様に吹き抜けて行く感触が面白い。
地域によっては雨の年明けとなったし、「雨風を連れて来る」と言う龍の年としては分かり易い幕開けとなった。
空高く遠くを飛ぶのではなく、「来ちゃった!」位の近距離。
世界の流動が加速する。
それは即ち変化の加速でもある。
辺りの空をちりちりと明るく焼く様にして昇った後、まるっと姿を現して目に眩しく輝いている金色の初日を観て、朝焼けとは成程な呼び名だと感心した。
吹く風は実に楽しそうであり、こっちも合わせて口笛でも吹きたくなる様に愉快な空気だったが、そこで急に受け取ったのが
ふううんきゅうを
の音だった。
「ふううんきゅうを…?ふぅん」と返し、そうか何やら世の中にびっくりすることが迫っているのかと頷いて、ぐるっと辺りを見回し、遥かに見える大きく真っ白な富士山に一礼してからその場を去った。
で、何やかやあって土地の神々に本年の世の動きとその中で果たす役割について問う、年頭行事を終えての夕方。
人からえらいことが起きていると言われ、その内容を報告されておやおやこのことだったのかと現地からの報道を観察。
天の龍がこれだけ活発なら、そりゃ地の龍も動くのだなぁと合わせて腑に落とすのと同時に、起きたのが元旦である必要についても理解した。
元旦は、言わずと知れたおめでたい日とされる記念日の筆頭。
そして、例年「今年こそは穏やかで明るい年に」と願いをかけられる日でもある。
その願いが24時間も持たないと言う事実は、人の意識に一つのことを突き付けている。
ずっと頼りにしてもたれ掛かって来た、この世を庇護する目に見えざる力は、もうあてに出来ませんよ
と言うお知らせ。
見捨てたぞ、ではなく、もう大人になる時期ですよと言うきっぱりとしたお知らせである。
そのことをざっくりと、覚めている訳でも覚めようとしている訳でもない、その場に居合わせた人に申し上げたら、強い勢いで「そう思う!」とのお返事があった。
不覚社会による旧来のやり方は不自然でありこのままでは行き詰まると、人それぞれ差はあれど気づいてはいる。
尤も、皆様ご承知の通り気づくだけでは足らない。
そこからどう行動したかが問われ、取った行動がそれぞれに相応しい解を導き出す一年である。
それはどの年にだって同じく言えることだが、気づきと行動と出る解答と言う一連の流れが、これまでになく速くそして明らか。
これは2024の特徴と言える。
速い流れは足元を揺らす。
浮足立てばワーッと一気に流されたりひっくり返ったりもするので、地に足を付けて着実に歩むことが必要となる。
気分を重くして沈み込む必要はない、と言うか抱き上げて引き立ててくれるのを期待して、沈み込んだりしても助けは来ない。
抱っこをせがむ時期は、とうに過ぎたのだ。
流れの速い中で集中力や体力を磨くことを楽しめる、
愛で動くことを歓び感謝出来る、
その成長を遂げている人にとっては、
とても面白い年になると申し上げておく。
龍舞う、流動の年。
(2024/1/4)