《進化と交流》
担当する役割は人それぞれ。
と言えども、あらゆる役割は全体一つの流れの中で「人類の進化変容」と言うテーマに沿って動いている。
動く中で役割と役割との間に交流も起こる。
様々な交流は俯瞰で眺めた時に、実に味わい深く感じる変化を起こし続けている。
その時には分からなくとも、又はそれ以降ずっと分からなかったとしても。
覚めてからも「不思議だ」「奇妙だ」と交流の中に感じることは起きるが「成程!」と、その味わい深さに気づくまでが速くなる。
常日ごろから「己」と認識している端末について、観察しているからでもあるだろう。
交流と表現すると、なんだか楽しいものだけ持ち寄ってワイワイする感じに見えるかも知れない。
だが、流れと流れがぶつかり合って激流となり、やがて流路が分かれて離れて行くのも又、交流の一つである。
先日、そうしたことが起きたとお知らせ頂き、改めて交流と言う動きの味わい深さについて意識が向かった。
すると面白いもので、その後直ぐに出かけた先で「挨拶と言う交流しかしていない場所から押し寄せてくる敵意」の様なものに遭遇した。
多分、互いのことをほぼ知らない。
知った相手ならともかく、こうした場合などは多くの人が「何で!?」となるのじゃないだろうか。
その場で即、敵認定をしてやり返したりやり過ごしたりの方法を探ると言う人もあるかも知れない。
こちらもその場では奇妙なことだと、ポカンとするのみ。
だが離れてから、みるみるうちにこの体験についての意味と必要性が分かって来た。
まず、これまで不覚時代から通して憶えている限りではあるが、殆ど面識のない人から嫌われる体験をまだしていなかったこと。
そこの空欄に、スタンプを押して貰えた感じ。
それから嫌って来た人物が、これまでこちらにとって殆ど意識を向ける機会がなかった要素を沢山持っていたこと。
要は、「はい注目~!」の意味で、敵意と言うスパイスが使われた様なものである。
その人物が、別の人にも同様の敵意を向けているのを目の当たりにしたので、どうやら本人の設けた基準に合うか合わないかで敵BOXと味方BOXに振り分けられている。
宮司を名乗る“これ”は敵の方にINしたらしい。
学びの多い体験だったので「運よく嫌って貰えたなぁ」と、しみじみ頷いた。良いも悪いもないが。
これだけでもありがたく、そして更に驚いたことがある。
その人物が、周囲に聞こえる程の大きさで他の相手に向かって、こちらについて言った内容が、今まさに必要なメッセージだった。
何と言う得難い恩人だろうかと感謝したが、こちらからあちらへと分けていた感覚も、すぐに溶けて一つになった。
自も他も皆、空。
そこには只、進みがあるのみ。
虚空の天意によって、こちらとあちらで起こした共同作業、全体一つのはたらきであることに理解が広がり虚空にも感謝した。
その場で捧げる感謝も必要だが、この機に頂いたヒントを活かして進むことが、行動と呼ばれる何よりの“活きた感謝”になる。
天意からの愛で活きた感謝を発揮しながら、爽やかに9月を歩み楽しむことにする。
天意と感謝で一巡り。
(2024/9/2)