《聖域なき世界》
これまで不可侵な聖域とされて風の通らなかった場所を、勢いよく新風が吹き抜けて行く。
聖域が崩れることについては、以前の記事にてお話申し上げている。
日々その様に変化を続けている物理次元。
エゴを用いた人間の都合とは関係なく、坦々と、着々と進んでいるその変わり様は、改めて見事なものだと感心した。
ここは聖域だよ、と言う場所や物の見方を巡って争う体で起こる聖戦。
この所のそうした動きは、聖なるものの限界が明らかになって来たことと、争う体でと書いたが、表向きに掲げるものの裏で戦いを欲する別の事情があることとが主な理由で起きている。
不覚的な見方をすれば戦争程、儲かるものもないのだろう。
そしてこの星の外に陣地を拡げるべく、各国は軍資金や資源を求めている。
暮らしにくくなっちゃうよと言う気候変動のお知らせも、この「どうにか集めて脱出せねば」と言う危機感に拍車をかけている。
要は、ガタピシしだしたエゴシステムを抱えて上を下への大騒ぎをしている。
そしてその動きはどんどん激しくなっている。
一方、「全て虚空と言う自らだったじゃないか。な~んだ!」と、拍子抜けする理解に至った人々は、世間で頻発する激しい揺らぎにも動じず影響されなくなって行く。
同じ社会に生きている様でも、そこにはどんどん差が出て来る。
以前の記事で、「 台風そのものをシンプルに観てみると、回転するエネルギー。それだけと分かる」と書き、「こうした勢いを増す自然の力を、世に適したものとして受け取り活かせる様になったら、多くのことが丸っと変わる」とも書いた。
記事を書かせて頂いた時点では知らなかったことだが、こうしたエネルギーを利用する為の研究は既に始まっているそうだ。
但し、活用と言うより制御を求め、人工降雨に使う雲を奪い合うことになるかも知れないとか、エゴを持ったままの進め方をしているので、その先行きについては何とも言い難い。
「 意識がエゴを保持したままでそれを求めても叶わないし、相当危険な反動のある試みとなる」と当宮記事でも書いた。
日本でのこうした研究は着手からあまり経っていないそうなので、「な~んだ!」と腑に落とした人が研究者の中に居れば、道筋は変わって行くかも知れない。
都合ありきの危なっかしい片手運転で進めた研究が行き詰まり、エゴの限界を認識した子や孫の世代で変化する、と言うことも有り得る。
いずれにせよ、エゴを使ったままではとんと進みにくくなっている物理次元。
進まない所に圧をかけるから暴発する。
そんなドンパチが大小問わず起き続けている。
「そうは言っても手離せませんわよねぇ」
と、言えるのもどこまでかはちょっと分からない。
AIの躍進も手伝って流れが加速し日に日に「どうやら人間の都合は自然な流れと相容れないし、全体を栄えさせるにあたっては非効率である」と、認めざるを得ないデータが積み上がり続けるだろうからだ。
何とも興味深い、見逃せない新世界である。
空の何処に聖を置けよう。
(2023/10/12)