《新しい道》
昨日は、立春。
昨年申し上げた通りに新道調査を承るにあたっての詳細を含めて、本日記事では道について書かせて頂くことにする。
道とは、何を示す文字だろうか。
分解してみると首の字と、それを運ぶ様に伸びる辶の字が浮かび上がる。
首+辶=道
首は頭の向く方、つまり進行方向を表し、辶は進む力を表すと言う。
この二つによって、道は「頭を向けて歩く方向」を示す。
進行が連続することによって生まれる距離を人は道と呼ぶ。
十歩二十歩で終わるものを、道とは呼ばない。
首に注目する見方から道には、「将軍が敵兵の首を取り凱旋する道路」を表すと言う説があるらしい。
首を取ったり取られたり。
首を取られて生きている人間は居ないので、それはつまり他の生きる道を止めることで我が道を切り拓くと言うやり方。
古い時代にはこの方式での体験が随分沢山重ねられた。
ご承知の通り、新しい時代の新しい道は首狩り族の凱旋ルートではない。
全体一つの流れに沿って栄えゆく弥栄の世を祝い、自身の役割を果たす、歓びの道である。
必要なのは進む方に向かう頭、つまり己の首一つ。
狩った敗者の首を掲げるのが道なら、それを掲げている勝者の首は字の中で何処に行ったと言う話になる。
やはり首狩り説は、大分変てこな説明だと感じる。
己の首一つで歩を進める道に、手が入るとどうなるか。
道+寸=導
寸とは手の動作を表し、導の字は「一定の方向に引いて行く」こと、そこから「案内する」「導く」と言う意味を持っているそうだ。
それも結構だが、道行く人を手で引っ張る案内役の足はどうなっているのだろうか?
まさか幽霊?
手腕だけではどうにもならないこともある。
中立に観察する意識。ペースを合わせること。地道に行う、つまり地に足を付けること。
手にも役割があるなら、予め決まっている道を示して「こっちだ!」と引くのではなく、丁寧に地質や地形を調べるにあたってその手触りを確かめるのに要るんじゃないだろうか。
何にせよまずは聴くことが必要になる。
どんな道であるのか、最初の取っ掛かりとなる情報のピースをお持ちなのは、新しい道に立たれた御本人。
新道調査の始まりはそこから。
まずお申込みを承る。
そして、向き合われている新しい道についてこちらから幾つかお尋ね申し上げる。
ご回答を頂いた後に、それを踏まえて更にお尋ねすることを幾度か重ねて、丁寧にその道について調べて行く。
期日を先に決めると気が急いてそわそわする方も中にはおられるので、直接お目にかかる日程はその下調べが十分となってから決めさせて頂く。
こちらからの気づきによるお尋ねをすることで、ご参加の方の意識も深掘りされて行く。
開始してからお目にかかるまでの間が調査の要となり、それによりお会いして実感を確認する機会が活きて来る。
受付は本日から開始。
調査費は38000円となる。
あらゆることの流動性が加速し、目を瞑ったまま不安になろうとすれば幾らでもなれる時代。
誰かに手を引いて欲しい、でも操られるのは嫌だと逡巡するのではなく、確かな歩みの実感によって、歓びをもって進むことが出来る方が生まれることは、どれ程この世界を照らし、愛の深さを明らかにするだろうか。
その機会に同道させて頂くことは、とても光栄であると感謝申し上げる。
迷わぬ道の、素晴らしさ。
(2024/2/5)