《彼方此方と》
本日は彼岸の入り。
春と秋とにこの「入って・明けて」を体験することは、意識内に残る片付いていないデータ達にアクセスし、感謝して昇華する素敵な機会。
物理的なお墓参りをする方も、しない方もそれぞれに、意識内の墓参りをなさってみられることをお勧めする。
意識内墓参りとは、何か。
人型生命体は皆、全母より生み成された分神であり、物理次元体験用の端末でもある。
この端末には、個々に「宿題」として傾きのあるデータが搭載されている。
人類が登場した初めには、「寒いのどうしよう」「暑いのどうしよう」「イノシシ獲れるかな」と言った位で、それ程複雑な傾きではなかったのが、文明が発達する間に、各家ごとに受け継がれ持ち越されて来た宿題は、だんだん拗れてややこしい傾向になって来た。
これが、俗に言う「血筋」。
すぐ上の代である親から縦横に裾を広げてみて、祖父母や曽祖父母、おじおばいとこも含めてのどっかしらに、「似た気質」による「似た出来事」が点在していたら、それがご自身にも共通する○○家に課せられた「宿題」である。
直接お目にかかっている皆様にとってこの「宿題」は、宮司が一緒になって観察し読み解いているお馴染みの要素。
「既に行っている」ことではあるがこの彼岸の機会を活用し、今一度丁寧にご自身の内側を観られて、気づかなかった宿題の発見があるかどうかを探って頂くと、さらに進化が加速する。
この宿題は人類に共通して重要な課題であるので、内なる旅を宮司に会わず行う多くの皆様に向け、本日記事で書かせて頂いた。
大丈夫だ。
宮司を名乗る‟これ”は、誰かに引き立てや後押しをして貰って目を覚ました訳ではない。
命を尽くして内なる旅を続け、エゴの死を体験すれば、覚醒は起きる。
生か死かと言った苛烈なものでなくてもっと緩やかにと言うなら、それはまあ只今宮司が心血を注いでお支えしている皆様の中に、次のメッセンジャーが出て来るので、その方に出会われること。
少なくともお一人は必ず、伝える係をする方の登場を見てから引退しようと決めている。
それが上から宮司に課された、メッセンジャーとしての宿題だからだ。
血筋の宿題は、自身が当事者となって体験していないものであっても、中立にそれについて読み解くことで、昇華出来る。
花や菓子を供える様に、これも供養である。
供えたり、祈ったり、掃除したりはまめにされていても、この謎解きの供養については今の今2019では未だあまり聞かない。
だが、空間丸ごとの活性化が起きるのはこの謎が解かれる供養によってである。
何も難しいことはない。
親族間で伝え聞いた出来事に意識を向けて、
「そう言えば、あんなこと起こりがち~」
な、ポイントを発見したらその傾きに愛を送るだけで完了。
愛せる気がしなかったら、それは何故かを内に問う、内省の機会も付いてくる増量サービスパックとなる。
‟墓参り”をしに、内に入る時、自他はなかったと気づく。
人は彼岸を別に置き、彼方と此方を分け、男と女、過去と未来、様々なものを分けて線を引く。
だが、全ては一つであり、個の私ではない大いなる虚空と言う「わたし」の有り様が変化しただけでしかない。
彼岸はちっとも離れていない。
だからこそ、彼方此方と分かれずに、共に進化をして行けるのだ。
岸を隔てず、満ちる愛。
(2019/9/20)
来週の更新は火・金になります。