《未知を呼び込む》
目を覚まして少しした頃、余りに何もかもに満足して、一時、部分を選ぼうとする欲求が湧かなくなった。
スーパーに買い物に行っても「何を買っても良いような気がして」「どれも同じ位素敵な気がして」「そこに一切の差がなくて」
逆に何ひとつカゴに入れられない。
そんな状態になって、ぼんやり佇んでいたことがある。
全くもってどれでも良いのだが、全部をカゴに入れる訳にも行かない。
だがどっからどう見ても、目の前に広がる棚に並ぶ商品全部が、「何か等しくいい感じ」なのである。
これには参った。
参った参ったと、少しの間ぼうっとして、やがて妙案が浮かんだ。
妙案と言うかまぁ、“珍案”であるかも知れない。
ぼうっと突っ立ってる最中に、店内を行き交う人々と彼らの持つカゴが目に入った時に、愉快なゲームを思いついたのだ。
手際良くだったり、迷いながらだったり、あれこれしながら商品を選んで行く人々。
全一の観点からすれば彼らもまた別の「わたし」であり、今夜はそれらの「わたし」に、この「わたし」の買い物を手伝って頂こう。
そんなアイディアである。
と言う訳で、
まずは今居る場所で、一番最初に近くを通り過ぎた人のカゴを
チラ見する。
その時真っ先に視界に入ったものを、買う。
取りあえずその商品がある売り場まで行って、同じものをカゴに入れる。
その売り場で、一番近くに居た人の横を通り過ぎながらカゴの中身を
チラ見する。
真っ先に視界に入ったものを…(以下同じ)。
この繰り返しで行けば、程よい数の商品が選べ、しかも「普段とは一味違う買い物」が出来る。
さり気なさと、動体視力が試される。
何だかスパイ&スポーツ的でワクワクして来た。
と、勇んで始めたのだが、まさか第一打目に
箱入りの
アイスキャンディー
が来るとは思わなかった。
初回からこんな球が。
未知のゲームに「溶けないうちに!」の制限時間が課される。
これは見送ってしまった。
ゲームを集中して存分に味わいたい気持ちがあった。
初球はそんな感じで驚かされたが、以降は順調に来た球来た球を確実に捉え、多少は
「えっ!また野菜売り場!?」
と言う場面もあったものの、程なくしていい感じにカゴが満たされた。
「コレと隣にあるよく似たのだったら隣の方を買って、普段は選んでなかったもの」とか、
「今まで朝食にコレって選択肢はなかったもの」とか、
「使おうと思ったことがなかった調味料」とか、
「存在自体知らなかった商品」とか、
普段も買っているものと、そうした思いがけないものが混じり合った、なかなか面白い内容で、大満足でレジへと向かった。
その時買ったそれらは、後で全く無駄にならなかった。
何かそれぞれいい感じに食生活に納まって、楽しませてくれたのだ。
未知を呼び込む時には、「全てウェルカム」の姿勢が要る。
アイスキャンディーはゲームに集中したい為に見送り、アイス自体が嫌だったのではない。
最後に迎えに行ってもいいなと思っていたが、いつの間にかつるっと忘れてしまって買わなかった。
「見送ることもウェルカム」にしたのでノリが軽くなり、「忘れることもウェルカム」な自由さが出たのかも知れない。
買ったものを袋に詰め終わり、さて帰ろうと自動ドアに向かう手前で店内を振り返った。
入った時よりも照明が温かく感じ、店のあちこちに居る全員が、家の名前がついていないとても大きな家族である様な気がした。
実際そうなのだ。
そして彼らが居なければ今日の素敵な買い物は出来なかった。
形容し難い一体感と、本日の愉快な収穫に感謝して心の中で一礼し、そのまま店を出た。
どう転んでも、面白い日々。
(2017/5/22)