《錆か磨か》
ひょんなことから巡って来た金属製の柵に発生した錆を取る役目を、二つ返事で引き受けた宮司。
「錆か!」と閃くものがあったが、やはりその体験から面白い気づきがあったので本日記事にて書かせて頂くことにする。
金属製の大きな歯ブラシみたいなので錆びた所をこすると、錆だけが崩れて剥がれる。
目には目を歯には歯をではないが、
「金で金を削るのか…」
と、剥がれ行く錆を面白く眺めた。
錆初めと言うのも妙だが、最初はポツポツとごく小さな点の状態で始まっている感じ。
それが少しずつ広がり、更には錆同士が合流、くっついて大きく成長する。
「お肌で言う所のシミ・そばかす・ホクロみたいなもの?」
と、ガリガリ削りながら一番賑やかそうな、錆銀座みたいになってる箇所を観察したら、くっついて成長する所はシミやらホクロやらと言うよりアメーバみたいである。
成長と書いたものの、物体としては崩壊が進んでいる訳で、「成長する崩壊」と言う中々趣深い感じになっている。
ふと、時代劇で聞いたことのあるフレーズが浮かんだ。
“刀の錆にしてくれるわ”
これは刀を持った人物が相手を斬ろうとする時に言う。
錆は付着した血や脂に金属が反応して発生することもあるので、その様にしてやると凄味を利かせた脅し文句のつもりで言っている。
ガリガリと柵についた錆を削りつつふと気づいて、「おかしくない?」となった。
錆びるか錆びないかは、斬るか斬らないかじゃなくて、その後のケアにかかっているのでは?
要は、何人斬ろうがお手入れ次第でピカピカの状態を保つことは出来ると言う話。
外で風雨にさらされる鉄柵と違い、刀にはちゃんと鞘もある。
武士の魂とか言ったりもするし。
タンポポの綿毛みたいな形の道具でポンポンと、やっているシーンを見たこともある。
リアル江戸世代の武士達にとっては基本、大事にするものであったろう。
“刀の錆にしてくれるわ”とは、
“あなたを斬ります。
言っておきますが、
私の刀の扱いは雑ですよ。
(従ってあなたの死が、
錆の形で残るでしょう)”
と言っているのである。
雑も不覚的に言えば個性っちゃ個性なのかも知れないが、何でそれを使って凄もうとか、格好つけようと出来たのか。
不覚社会では雑や粗忽を嫌ったり叱ったりする傾向がある。
そこを踏まえれば出て来るフレーズはむしろ“てへへ、錆になっちゃったらすいません”とかではないだろうか。
不覚社会には「これはこう言うものだから」と言う“お約束”が山程ある。
それでいて、この錆誇りの様に「格好ついていない状態で格好つける」とか、「全く凄くない状態で凄む」ことも発生する。
変容の時代に在って、不覚全盛時にはそれなりに機能していたルール達が錆びて、崩壊し始めている。
錆を業に例えて、自業自得の有り様を身から出た錆と言ったりもする。
ばらけて崩れて行く古い“お約束”に縋らず、惜しみなく手離す者は、内なる錆も浮かび上がり剥がれて行く。
錆びつきを拡げるか錆落としして磨き上げるかで、道は全く違って来る。
誇りながら、崩れて行く。
(2021/6/3)